金沢地方裁判所 昭和24年(ワ)36号 判決
原告 畝田和三郎
被告 安達通子
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は原告と被告との間において昭和二十一年十二月五日金沢簡易裁判所で爲した別紙目録<省略>記載建物の明渡調停成立調書に基く強制執行を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求原因として原告は被告所有の別紙目録記載の家屋を二十数年前から期間の定めなく賃借していたが昭和二十一年十一月頃被告が原告に対し金沢簡易裁判所へ右建物明渡を求める旨の調停申立をした。しかし原告は右建物内において永年肉屋業を営んで來て居りこれを明渡せば原告は生計の途を失うため調停においてこれを拒絶したが一應明渡期限を今後三ケ年として昭和二十四年十二月までに明渡すことに定めてくれ、その時になれば又三ケ年延長するからと言うことであつたから原告はこれを承諾し右調停が成立したのであるが、右三ケ年後契約を更新すると言う原告にとつて最も重要な点を調停成立調書に脱落したものである。右の如く右調停は一應昭和二十四年十二月五日までと賃貸借の期限を定めてあるけれどもこれは絶対に更新を許さない性質のものでないに拘らず、被告は右調停調書をたてにとり強制執行を爲さうとしているのは失当であるから執行力の排除を求めるために民事訴訟法第五百四十五條に基き本異議に及んだものである。仮に右調停成立調書の記載の通りであつて明渡期限到來後更に三ケ年契約を更新する旨の約定がなかつたとしても原告において右期間満了後引続き本件家屋を居住使用しているに対し被告は遅滯なく異議を述べなかつたから借家法の規定により右契約は更新され原告は現在も右家屋を使用する権原を有するものであるからこれを理由として前記調停成立調書の執行力の排除を求めるものであると陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告主張事実中原告が被告所有の本件建物を約十七、八年前より期間の定めなく賃借し、右建物で「すき燒」料理業を営んでいること、昭和二十一年十一月中被告より原告に対し金沢簡易裁判所に右建物明渡の調停を申立てたこと同年十二月五日該調停において原告は右建物を昭和二十四年十二月五日までに被告に明渡す旨の調停成立したことはこれを認めるが爾余の事実はこれを否認する。元來本件建物は相当年数を経たもので大修繕を要するものであるが所有者たる被告は未成年者で大修繕をする力なくさればと云つてその儘に放置するときは腐朽して居住に堪えないに至るので一應原告に明渡を求め被告が自らこれに居住し乍ら逐次修繕を加えるより外ないので前記調停申立をしたものである。これに対し原告は容易に應じなかつたため当時調停委員は原告の立場をも考慮し三ケ年の猶予期間を置き昭和二十四年十二月五日までに明渡すべき旨を承諾せしめて調停の成立をみたものであり、斯る長期間の明渡猶予は被告の満足しないところであつたが此の間に原告も容易に他に引越しできるだろうからとの調停委員の勧告に應じ、ついに円満に調停成立した次第である。從つて右猶予期間満了と同時に即時無條件に明渡を爲すべき筋合のものであつて更新などのことは毫末も話題に上らなかつたのである。もし原告主張のようなものであつたとすれば明渡期限を定めた調停は全く無意味に帰すべく、斯る調停に原告が應諾する筈がない、又調停條項に認められた三ケ年の期限は賃貸借存続期間ではなくて明渡猶予期間であるから期間満了後賃貸借契約を更新すると云う観念を容るゝ余地がないのであり、調停條項の賃料なる文言は実は賃料ではなくて賃料相当の損害金に外ならないのである。よつて失当なる本訴異議に應ずることができないものであると陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が被告所有の本件家屋を約十七、八年前より期間の定めなく賃借した右建物で料理業を営んでいるものであるところ、昭和二十一年十一月中被告より原告に対し金沢簡易裁判所に右建物明渡の調停を申立て同年十二月五日該調停において原告は右建物を昭和二十四年十二月五日までに被告に明渡す旨の調停成立したことは被告の認めるところである。原告は右調停においては一應明渡期限を今後三ケ年として昭和二十四年十二月五日までに明渡することに定めたが右明渡の期日到來したときは更に三ケ年延長すると云う約定が成立していたものであり、ただこの点に関する約定を調停成立調書に脱落したにすぎないと主張するけれど本件の全証拠を以てする右事実を肯認することができないばかりでなく、却つて証人廣瀬嘉一、同村沢義二郎、同毎田周治郎の各証言及び原告本人訊問の結果によれば明渡期日到來の時に更に三年間期間を延長すると云うような約定のなされなかつたことを認めることができる。次に原告は仮に右の如き約定がなかつたとしても原告において右明渡期間満了後引続き本件家屋を居住使用しているのに対し被告は遅滯なく異議を述べなかつたから借家法の規定により右契約は更新され原告は現在も右家屋を使用する権限を有するものである旨主張するけれども前顕証人村沢義二郎、同廣瀬嘉一、同毎田周次郎の各証言を綜合して考察すると被告は前記調停において一日も早く明渡を求めたのに対し原告はできるだけ長期間の明渡猶予を求め、二、三回も続行期日を重ね、その間調停委員の勧告により互に讓歩した結果前記の如く原告が本件家屋を昭和二十四年十二月五日限り被告に明渡す旨の合意が成立したものであることが肯認される。右の事情の下に三ケ年と云う程度の明渡期間を約定したのは原告がその間に移轉先の物色その他本件家屋を明渡すために必要な準備期間として猶予期間を定めたもので、該明渡期日までやむを得ず一時的に賃貸借契約をしたものと認むるを相当とする。從つて借家法第八條により同法第二條の規定の適用ないものと云うべきである。そうだとすれば原告の請求はその理由がないこと勿論であるからこれを失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 米光哲)